サイドストーリー

乙女の階段

投稿:もえじろ:2008年7月1日

土曜日の午後、アルバイトが終わって僕と椎名さんは帰りの支度中。

椎名さんはこの後デートだからといそいそと着替えながら、バッグから取り出した小瓶。
その小瓶を振り中身を手に取ると、腕にゆっくりとなでるように往復させる。
「菜々子ちゃんにもあげるね。」と話しながら、いつにも増して華やいだ表情を僕に向ける。
「これね、すごくいい香りで、どうしても欲しくてバイト代で買っちゃったの。はい、手を出して!」
僕は左手を差し出すと、手のひらに分けてくれた。
「アロマオイルだから、ほんとはお風呂上がりにつけるといいんだけど、今日はちょっと特別。両手で軽く腕に広げて肌になじませてね。そしたらその香りをそっと吸い込んで。アロマ効果ですごく落ち着くのよ。」
言われるままに試してみる。
…ほんとだ。ローズ系の甘い香りと気持ちもなんとなく和らいだ感じがする。
「いいね、これ。あたしも買っちゃおうかなぁ。」
「でしょ。でも菜々子ちゃんの場合はまずお化粧から覚えないとね。せっかくの美貌がもったいないよ。」
「……。」
「今度、お化粧の仕方教えてあげるから。でもその前にスキンケアからだね。あー、遅れちゃう。じゃ、また今度ね。」
そう言うと椎名さんは荷物をまとめて部屋を飛び出して行った。ほのかに甘い香りだけを残して。
少し大人びたローズの香りを身にまとった彼女。その香りも彼氏のためなのかな…。

僕もバッグを抱えてお店の裏口を出ると、ちょうどその彼と彼女が何か話し込んでいる。そして何故か後ろにはアイツが…。
「あっ、菜々子ちゃん。来て!」
「は、はい……。」
「ほら、菜々子ちゃんにも少し分けてあげたの。いいでしょ。」
「…ふん。まぁもともと清楚で可憐ではかな気な少女だからな、桃井は。」
あのね……。自分で自分をそこまで言うか?
「でも菜々子ちゃんぜんぜん化粧っけがないから、今度私が教えてあげるって話してたのよ。」
「そうだな。桃井、しっかり椎名に教えてもらえよ。将来しわくちゃばばぁになったら承知しないからな!」
だったら、早く戻って自分でやってください。
「上原君、早くしないと映画遅れちゃうよ!」
「おぅ!じゃな。しっかり精進しろよ。」
「千本木君もまたね。この後はよろしくねー。」
ちょ、ちょっと……。

「…で、君はなぜここにいるのかな?」
「彼女のお迎えに。」
だれも頼んでないって。
「椎名さんも言ってた通り、確かにいい香りだな。ちょっと大人っぽいかもしれないけど、これから化粧も覚えて大人の女になってくんだな。」
「あのね、僕は絶対に元の体に戻るんだってば。」
「お前、桃井の大人の姿見たくないのか?きっとすごくきれいだぞ。」
うっ、み 見たい…。でもそれは何年も先だし、それまで入れ替わった状態じゃないと思いたい…。
「これから椎名さんに化粧の仕方も教わるんだ。どんどん女らしさに磨きがかかっていくな。」
うれしそうに言うな。
「でもお前、学園祭のときはしっかりと化粧してたじゃないか。」
「あれは椎名さんにやってもらったんだよ。」
「ふ〜ん、じゃぁまだ自分じゃできないんだ。」
「う、うん…。で、でも高校生はまだお化粧なんて…。」
僕はしどろもどろになりながら答える。
「筒井さんだって、マスカラとか口紅してるだろ。」
「………。」
「お前、ジュリエットの時みたいにキレイになりたくないのか?」
「なりたい!」
「はい、決まり!」
しまった!また千本木にやられた。

千本木に引きずられながら付いていくと、そこはドラッグストアのコスメコーナー。
「まずは化粧水と乳液、コットン、クレンジングと洗顔フォームは基本だな。あとはと。」
買い物かごにどんどん物を突っ込んでいく千本木。僕はただ見ているしかなかった。
「で、仕上げはコレか。」
それは…。

「それじゃぁ、まずは基本から。」
僕の部屋で千本木先生の化粧レッスンが開始された。
僕は先生の言われるままにするしかなかった…。

「…まぁこんなもんかな。じゃぁ次、あきら、下を向いて。」
千本木は右手に持った何かヘンなものを僕の右目に当てようとした。
「な、なに?!」
「ビューラーだよ。まつげを上向きにカールさせるんだ。お前まつげ長いからこれだけで十分だな。」
そう言うと、それを操作しだした。なんかヘンな感じ…。
「ほら、鏡見てみ。右と左でずいぶん違うだろ。」
ホントだ。右目の方がパッチリとして大きく見える。
続いて左目も同様にビューラーで形を整えていく。

「最後に口紅だな。学校にしていくことも考えて、色は押さえ気味だから大丈夫だろ。」
千本木はそれをブラシに取ると、僕のアゴに手を添え顔を上にあげた。
「動くなよ。」
わわ…、千本木の顔のどアップ…。
な、なに、ドキドキしてるんだ? 千本木に気づかれちゃう…。
「あ、あの…。」
「だから動くなっつーの!」
「…はい。」
僕は心臓の鼓動を千本木に気づかれないように、強く目を閉じた。
「よし!完璧。あきら、鏡見てみ。」
うわぁ、きれい…。
「お前っていうか桃井だけど、もともときれいなんだから、ほんのちょっと手を入れるだけで、これだけきれいになるんだよ。」
僕は千本木の言葉はほとんど聞かず、鏡に映る自分を見入っていた。
……なんだかうれしい。
「あきら、仕上げはこれ。」
鏡に映る千本木は、僕に手渡した。
「そうだね。」
僕は振り向いてそれを受け取ると、たずねた。
「千本木、なんでそんなにお化粧詳しいの?」
「……小学校の時に、姉貴どもに何度も練習台にされたんだよ…。」
「えーー、じゃぁ写真とかないの?」
「…あったら、奪い取って細切れにして捨てる!!」

「菜々子ちゃん、おはよー!」
週明けの月曜日、学校の校門を入ったところで声を掛けられ、僕は振り向きながら答えた。
「おはよう、椎名、上原君。」
「…な、菜々子ちゃん、お化粧してる。それにこの香り…。」
「うん。」
「どうしたの?きれいだし、上手にできてるし…。」
「うん、まぁ。」
「上原君、ほら、菜々子ちゃん、きれいでしょ!」
「まぁ桃井はもともときれいだったからな。でも少し見直したな。」
「え?えへへ…。」
桃井さんの思いがけない言葉に、僕はちょっと照れてしまった…。

「お早う!」
千本木!
「…桃井、今日はきれいじゃん。なにかいいことでもあったのか?」
「千本木君、ねー、菜々子ちゃんどうしちゃったの?」
「さー、やっと女に目覚めたんじゃないの?」
お前なー…。
「ふ〜ん。で、目覚めさせたのが千本木君ってわけ?」
「だってさ、桃井。」
千本木はニヤニヤしながら、僕の方を見ている。
僕は恥ずかしくて、顔を赤くして下を向いてしまった。
「でも菜々子ちゃん、ホントどんどんきれいになっていくよね。私が教えたこの香りだって、菜々子ちゃんがつけると大人っぽく感じさせるし。いいなぁ。」

「おい、お前ら、早く校舎入らないと遅刻するぞ!」
後ろで聞いていた桃井さんが、ムッとした表情で声を掛けた。
ヤバイ!
僕らは校舎に向かって走り出し、なんとか時間に間に合って席に着いた。
すると椎名さんが席に近寄ってきて、僕に耳打ちをする。
「千本木君でしょ、お化粧教えたの。なんでもできちゃうんだねぇ。すごいよね。」
何故だろう。千本木が誉められたのがちょっとうれしい。
僕は見上げながら小さくうなづくと、椎名さんは羨ましそうな表情で笑みを返した。
「ねぇ、今日学校の帰りにちょっと寄り道しない?前から気になってた口紅があるんだけど、菜々子ちゃんもどう?」
「うん!行く!!」

予鈴が鳴って椎名さんはあわてて席に戻った。
でも、少しおくれて甘い香りが残る。この前のとは違う香り。
椎名さんもフェイスパウダーで肌を整えているし、筒井さんやみんなも、きれいになろうとがんばってるんだな。
僕だって……。

ハッ!
お父さんお母さん、あきらはまた一歩、乙女の階段を登ってしまいました…。

ネタの発端は、いつも利用している化粧品屋さんで買わされた(^^;コレ
(上記ページの左下[新製品]-[ローズアロマオイルRX]をクリック FLASHなんでリンクできません。。)
香水だとちょっときついし、アロマオイルならちょうどいいかなと(^^)
そして3巻のジュリットのメイクを椎名にしてもらう部分をモチーフにして描いてみました。
ちょっと強引な部分もあるし、38話の後だと無理があるような気もするけど、まぁいいか(^^)
それにしても、文章が長過ぎるよね(^^;
ちなみに、私はお化粧、苦手です(^^;;;

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