ぬいさんの作品

なかなか切れない電話

投稿:ぬい:2010年9月1日

ある日の深夜。近隣住民は殆ど眠りに就いており、車の走る音すらあまり聴こえなくなっている。そんな中、楽しそうな声が響く家があった。
桃井家…今あきらと体が入れ替わっている、桃井菜々子の自宅である。勿論そんな事情の為に、今そこに住んでいるのはあきらになる訳だが。

「そうそう、それで千本木とおじいさんがさぁ♪」

『…あの時の話はするなよ…』

「ごめんごめん、でもホント可笑しかったんだよ〜」

笑いながら謝るあきら。電話の向こうで嘆く千本木を宥めた。全く、他人事だと思って…と溜め息をつくと、再びあきらはごめんってば〜と謝る。

『…ま、いいや。お前が笑ってくれるなら』

突然のらしからぬ言葉に、心臓が跳ねる。あきらは顔を真っ赤にして言った。

「せ…せせ、千本木?何て恥ずかしいことを…」

『何言ってんだ。あきらのことが好きなんだから当然だろ?』

「う……」

その通り。その通りなんだけど…。何だかまだ慣れない《恋人》の付き合いに、どうにも戸惑ってしまう。千本木がクスクス笑っているのが聞こえた。

『いい加減慣れた方がいいと思うけどな』

「わ、分かってるよ…」

不貞腐れながらそう言って時計をふと見ると、もう日付が変わりそうな時間であることに気付く。あきらは慌てて電話を落としそうになった。

「わっ!とと、もうこんな時間だよ!そろそろ寝なきゃ…」

『あ、そうだな…明日も学校だし、もう休まないとな』

千本木も時間を確認したようで、残念そうに渋々締めの言葉を紡ぐ。

「うん、じゃあ…」

『おやすみ、あきら』

「…………」

『…………』

「…………」

『………あきら?』

「えっ!?あ、何!?」

ボーッとしていたところに名前を呼ばれて、ついビクッとしてしまう。しかし千本木の方も少々戸惑い気味のようで。

『え?切らないのか?』

「あ…あ、うん。切るよ。また、明日…ね」

『ああ…また明日』

「…………」

『…………』

「…………」

『………あきら…』

「はっ、はいいっ!!」

再度呼ばれて、体が跳び跳ねた。

『あきら、電話切ってよ』

「え、何で?」

『何でって…俺から切るのも何だし』

「あ、ああ、そっか。分かった。じゃあ今度こそ」



どう分かったのかよく分からない返事をし、三度目の“バイバイ”をする。千本木も、同じく別れの言葉を言った。しかし…。

『…………あきら〜』

「ごめん、千本木…。僕、切るタイミングが掴めないよ」

なかなか上手く電話が切れないあきら。千本木は茶化すように笑った。

『何だよ。電話も切りたくないぐらい、俺のこと好きなのか?』


——ボンッ!!


顔から勢いよく火を噴くと、あきらは必死に反論した。

「ちっ、違うよ!そんなんじゃなくて、いや、千本木は好きだけど…って言うか、そんな大層な意味合いはなくって、って…ああもー、何言ってんだ僕〜!!」

言いたいことが上手く纏まらなくて、一人悶絶する。電話口の向こうでは、笑いを堪える千本木。

「もう、笑わないでよ!」

『あはは、ごめんごめん』

むー、と頬を膨らませるあきら。顔は見えずとも、それを容易に想像出来たようで、千本木は口を押さえて笑いを耐えた。

「千本木のバカ」

『ごめんって。じゃあ、こうしよう』

千本木が一つ提案する。

『俺がこの後に言うことを聞いたら、すぐに電話を切ること』

「え?」

どういうこと?と訊ねる間もなく、その“言葉”を早口で言った。

『あきら、愛してる。おやすみ♪』


——プツッ。


——ツー、ツー、ツー…。


通話終了の電子音を聞きながら、あきらは呆然とする。

暫くそのままでいたが、ハッと我に還ると、再び顔を真っ赤にして布団に転げ回った。枕に顔を埋め、バタバタと足をバタつかせる。

(う〜〜〜っ、千本木のバカバカバカ〜〜〜!!あんなんじゃ電話切ること出来ないじゃないか!!)

「………」

少しして暴れた心と体を落ち着かせると、手に持ったままの電話をキュッと握りしめた。まだ続いている、電子音。千本木のあの言葉の余韻を残しているようで…。

「バカ…おやすみ」

そう呟いて、あきらは夜の静寂に沈んでいった。




【あとがき】
すみません、これのモデルはぬい自身です。いつも電話を切るタイミングが分かりません(笑)だから、相手が切るまで待つことが多いのです。まぁ相手にもよりますけどね。つまるところ、ぬいは電話よりメール派だと言うことです。
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