ゆささんからの寄稿作品

いつわりは君の秘密

投稿:ゆさ:2009年12月18日

あきらと千本木がつきあい始めてすぐの頃です

あきらがまた、泣きそうな顔をしている。
本人は笑っているつもりなんだろうが、瞳が裏切っている。無理に笑顔を作ろうとする姿は、とても痛々しい。
ほんのつかの間で消えてしまう、それは俺だけが知る秘密。

桃井が椎名とつきあい始めて以来、それぞれの親友のあきらと俺を含めた4人でつるむ機会が何かと増えている。あきらが俺とつきあっていることはもちろん、うるさい桃井には内緒だ。
今みたいに4人一緒にいると、自分が時折つらそうな表情を見せていることに、あきらはまだ気づいていない。そして清く正しいおつきあいを始めたばかりの俺にとって、それがどんなに残酷な仕打ちかってことにも。
最近ではすっかり、思い悩んでいるあきらを眺めては傷つくのが俺の日課になっている。
(どうせまたしょうもないこと考えてるな、こいつ)
缶コーヒーで流し込んだサンドウィッチが、喉につかえて苦しかった。

今日、椎名の荷物が多かったわけは、ついさっきおずおずと桃井に差し出されたお手製の可愛らしい弁当にあった。
一見いつも通りのランチタイム。
ただ、玉子焼をほおばった桃井が「いつでも嫁に行けるぞー」と言って椎名を真っ赤にさせた途端、あきらの顔がこわばった。
いま彼に「どうしたんだ」と訊ねたら、たぶん「なんでもない」「大丈夫」という答えが返ってくるだろう。 でもそんな時はたいてい「大丈夫」ではない。
昔から何ひとつ変わってない。あきらはあきらのままだ。
その姿かたちを除いては。

桃井の体の中に入っているのがあきらだと知った時、正直いって驚いた。と同時に、「ラッキー」と思ったのも事実だ。
男によく思われようとして媚びることもなく、とてもおしとやかで慎ましく、かわいらしい。諦めかけていた理想の女の子が目の前に現れてくれたのだから。
あきらが女だったら…と冗談半分で考えたことは一度や二度じゃない。だけどそれはあくまでも冗談のはずだった。
神様だろうと悪魔だろうとかまわない、粋なはからいに俺は心から感謝した。
一方で、あきらが男に戻ってしまうかもしれないという可能性を考えると恐ろしかった。
俺は焦った。
たっぷりあったはずの余裕がなくなったのは、その頃からかもしれない。
これは千載一遇のチャンスなんだ。
だから絶対に逃がさない。
昔みたいに頼ってほしいのに、強引に迫るとこの腕からすり抜けてしまうから、慎重に、周りに糸を張り巡らせ、自分の元へ引き寄せなくては。
たぶん手こずること間違いなしだ。ああ見えて意外と頑固者だから。

あきらに冷たくしたのは一種の賭けだった。
どうしても、あきら自身の口から「つきあう」と言わせたかった。
押してもダメなら引いてみろ——古典的な駆け引きだけど、もう手段を選んでる場合じゃない。
いつもそばにいる自分が離れたら、あきらはどうするか。
あきらにとって自分という存在がどのくらい大切なのかを試してみたい。
勝算ありだと思ったけど、確証はなかった。
結果オーライで——とりあえずほっとして、それからはただ本当に嬉しかった。
たとえまだ桃井を諦めきれなくても、どうしても欲しかった言葉を口にしてもらえて、俺は本当に嬉しかったんだ。
顔がゆるむのをとめることが出来なかった。下駄箱の前でへたりこんだ俺を見て、あきらはびっくりしてたっけ……

「千本木?」
あきらが不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
さっきよぎった暗い翳は跡形もない。
いつの間に食べ終えたのか、ギンガムチェックのハンカチで丁寧に包まれた弁当箱が、彼の前にちょこんと置かれていた。
俺はすっかりぬるくなったコーヒーの残りを飲み干す。
「ごめん、今なんか言った?」
「珍しいね、ぼんやりして」
「どうせエロいことでも考えてたんだろ」
こんなろくでもないことを言うのはもちろん、桃井。雑誌を閉じ身を乗り出してくる。
にやりと意味深に笑って俺はこう答えた。
「うーん、エロくはないけど、ワルイコトは考えてた」
「何それ」
ふざけた返事にあきらがぷっと吹き出した。今日一番の笑顔だ。
「こいつ、けっこう腹黒だぞー、椎名」
「ええっ?! 優しいよ、千本木くんは」
人のことをネタにして、桃井と椎名がああだこうだと盛り上がっている。
あきれ顔でちらりとこちらを見上げるあきらに、俺は微笑む。
(必ず振り向かせてみせる。覚悟しろよ、あきら)

ゆさです。こちらの小説から読んでくださった方は、はじめまして。
「いつわりは君の秘密」は「小さな痛みは〜」を仕上げた次の日に書いたもので、二つでひとつ、ペアの片割れ的な作品です。
ですので、場面は違えど、同じく短い時間の中に千本木の不安や思惑を描きました。
時期的には前作よりもすこし前、つきあい始めてすぐの頃です。
まだまだ心がすれ違っている二人を表現したつもりですが、うまく伝わったでしょうか。千本木のイメージが壊れてしまったという方、ごめんなさい(><)
もしも前作と合わせてご感想ないしは〈拍手〉をいただけると、とても励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

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