ゆささんからの寄稿作品

ないしょのレシピ

投稿:ゆさ:2010年1月15日
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「おいし〜い」
「椎名、天才〜!絶対 有名パティシエになれるよ!」
「ふふっ、そうかなぁ。ありがと。」
バイトが終わって小腹がすく頃、手作りのお菓子を出すとみんな喜んでくれる。
今日も更衣室でフィナンシェの試食会。うれしいことに大好評みたい。
みんなの笑顔があたしのやる気のもとだ。
とはいえ、一人で作るのはときどき、寂しい。たまには仲間が欲しくなる。
あたしは久しぶりに菜々子ちゃんを誘ってみた。
「ねぇ、菜々子ちゃん。また一緒にお菓子作りしない?」
「うん、やるやる!」
菜々子ちゃんは二つ返事でオッケーしてくれた。
「何にしよう? クッキーもケーキもいろいろ作ったしねぇ…そうだ、パンなんてどう?」
「パン? 私、作ったことないよ」
「大丈夫。あたし何度か作ったことあるし、一緒にやろうよ! 前もってレシピ渡すからだいたい目を通しておいて。——さっそくだけど、次の休みはどう?」
「えーと、今度の日曜ね…うん、空いてるよ」
「じゃあ一時にうちで待ち合わせて、一緒に材料も買いに行こう」
「わかった。楽しみ〜!」
「でもうれしいなぁ。菜々子ちゃん、前は食べるの専門だったでしょ。こんな風に一緒にお菓子作りするようになるなんて、思いもよらなかったよ」
「そ、そうかな」
ずいぶん前にワッフルのレシピを教えてあげたり、一緒にお菓子作りをしたけど、あれからすっかりはまっちゃったらしく、いろんなものに挑戦してるみたい。料理の腕前もめきめき上がってきて、ときどき交換するお昼のお弁当もとってもおいしい。
パン作りは初めてだっていうから、まだ教えてあげることがあってうれしいな。今度の日曜日がとっても楽しみだ。 

日曜日。
スーパーで材料を買って我が家に戻ってきた菜々子ちゃんとあたしは、さっそくパン作りを始めた。こねたり発酵させたり何かと時間がかかるから、のんびりはしてられない。
今日作るのはチーズパンとハムロール。たいていの人が好きなパンだ。
「そっちは準備できた?」
「調味料とイーストはオッケー」
「強力粉もふるったし、卵、牛乳、バター…」
材料の確認と下準備が済んで、あたしたちは手順どおり混ぜていく。菜々子ちゃんは初めてだから、ちょっと自信なさそう。そばに置いてあるレシピを確認しながら作業している。
そうこうしているうちに、最初はべちょべちょしていた生地がだんだんとひとつにまとまってきた。そろそろボウルから取り出して、こね板へ移すタイミングだ。
「さー菜々子ちゃん、頑張ってこねるよ!」
「うん」
「まずはあたしがやってみるから、要領が分かったら、交代ね」
上からたたきつけたり、ぐにぐに・ゴシゴシ、結構な力仕事なせいか、菜々子ちゃんは目を丸くしてる。
「すごい。なんかおもしろそう」
「じゃ、バトンタッチね。どうぞ」
「はーい」
かわりばんこしながら十五分以上はこねただろうか、試しに手で持ち上げて生地を伸ばしてみると、指が透けて見えるくらいのなめらかさになった。ここでこねるのをやめて、一次発酵に取りかかる。
バターを塗ったボウルにパン生地を戻して中で転がし、乾燥を防ぐため表面に油の膜をつける。それから固く絞ったふきんをかぶせたボウルをオーブンレンジに入れ、発酵のボタンを押す。うちのオーブンには発酵機能がついているので便利なんだ。
「このまま発酵させてる間に、中の具の用意して、使わない道具を洗っちゃおう」
「了解」
しばらくはプロセスチーズを切ったり、洗いものをしたり、おしゃべりしたり。二人だと、いつもよりもあっという間に時が過ぎていく。
やっぱり菜々子ちゃんを誘って正解だったな。
鼻歌まじりに計量スプーンを片付ける。
あたしはご機嫌だった。楽しい気分をぶち壊すその声が聞こえるまでは。

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「真琴、今日はなに作ってんだー?」
キッチンのドアを開けて入ってきたのはもちろん、お兄ちゃんだ。
「お兄ちゃん」
つい責めるような口調になってしまった。お兄ちゃんの頬がひきつった。
「こんにちは、椎名先生。お邪魔しています」
「い、いや、いらっしゃい」
「お兄ちゃん、あっち行っててよ」
「いや、俺はだな、牛乳を飲もうと思って…」
「そんなとこに突っ立ってられたら、邪魔なの」
牛乳の入ったをコップを渡すと、ショックで固まってしまったお兄ちゃんの背中をキッチンの外へ押し出した。
「お兄ちゃんだって、真琴の手作りパンを食べたいぞ〜!!」
大声が廊下にこだまする。
「お兄さんの分、ちゃんと残しておきますから!」
あわてて菜々子ちゃんが叫んだけど、お兄ちゃんに届いたかどうかは分からない。
あたしがドアを閉めてしまったからだ。
「ちょっと可哀想なんじゃない?」
菜々子ちゃんが気の毒そうに言う。
「うん、わかってる…」
お兄ちゃんのことは大好きだ。でも時々、息が詰まる。もう少し信用して欲しいな、あたしのこと。
チーンと電子音がなった。一次発酵完了だ。
「膨らんでる膨らんでる。大丈夫そうだよ、菜々子ちゃん」
「ほんとだ」
「じゃあ、ガス抜きするよ」
うっぷんを晴らしたくて、あたしは生地の真ん中に思いっきりパンチをいれた。

「これでよしと。成形しよう」
包丁で均等に切った生地を、それぞれめん棒で丸くのばす。
菜々子ちゃんはプロセスチーズを中心に置き、包み込んでぎゅっと閉じる。
あたしはハムをのせクルクル巻いていく。巻き終わりを下にして上側に切り込みを入れて一丁あがり。
二次発酵のためパン生地を天板に並べ、オーブンに入れる。
出来上がりまで、もう一息。道具を片付けつつ様子を見る。
「パンらしくなってきたでしょ?」
「ほんとだねえ」
二次発酵が終わってオーブンから出したパンはひとまわり大きくなっていた。
チーズのほうには表面に溶き卵を刷毛で塗り、とろけるチーズを散らす。ハムのほうの切れ目にはマヨネーズと粉パセリをのせる。
「これでよし、と。じゃ、焼こうか」
「うん」
菜々子ちゃんはパンをのせた天板をオーブンに入れ、ボタンを押した。
あたしはふと、お母さんと一緒に初めてパンを焼いた時のことを思い出した。
その時はまだちゃんとできるか自信がなくて、祈りながらオーブンの前にかじりついてた。うまくできますように、おいしく焼けますようにって。
今日は久しぶりにまた、そのおまじないを唱えようか。
「どうかおいしく焼けますように!」
オーブンに向かって手を合わせるあたしに、菜々子ちゃんはびっくりしたみたい。だけどそれでも、同じように手を合わせてくれる。
「どうかおいしく焼けますように」
あたしたちは顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。
菜々子ちゃんはいつも優しい。
前に菜々子ちゃんが遠くなったと思ったこともあった。変わってしまった、と。
でもそれはあたしの勘違いだったんだ。
菜々子ちゃんはやっぱり、一番の友達だよ。
何も言わなくても、あたしの気持ちを理解してくれる。そしてこうやってただ、あたしのそばに寄り添っていてくれるんだね。
ねぇ、菜々子ちゃん。大丈夫、今日もきっとおいしいパンが焼けるよ。
ほら、オーブンの中でどんどん色づいてくる。チーズやハムの香ばしいにおいも漂ってきた。
パンが焼ける香りは、人を暖かな気持ちにする。
この気持ちをみんなに分けてあげたい。
あたしたちが作ったパンを食べて、みんな笑顔になって欲しい。幸せな気分を味わって欲しいな。
上原くんにも千本木くんにも——もちろんお兄ちゃんにだって。
「これは冷めてもおいしいから、何個か明日学校に持って行こうよ」
さりげなく提案してみたら、菜々子ちゃんは「そうだね」と極上の笑顔で頷いた。
どうか、どうかおいしく出来あがりますように……        

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「んまい!」
「ホント? 嬉しい」
「ああ、マジ、うめえ」
次の日の昼休み、あたしが昨日のハムロールを取り出すと、上原くんは大喜びで食べ始めた。すごい勢いだ。
「無くなる前に教えとかないと」とチーズパンの入ったビニール袋を千本木くんに渡す。
「このチーズのは菜々子ちゃんが包んだの。ね、菜々子ちゃん」
「パンは初めてだから、ちょっと形が不恰好でごめん。でも椎名と一緒に作ったから、味は保証するよ」
「へぇ、そうなんだ。じゃ、いただきます」
神妙な顔をしてパンにかじりつく千本木くんを、菜々子ちゃんはじっと見つめてる。
「うん、うまい。初めて作ったとは思えないよ、桃井」
「…ありがと」
ぶっきらぼうに礼を言う菜々子ちゃんは、耳まで真っ赤だ。
「よし、大丈夫なら、俺にもよこせ」
「上原くんたら、そんなひどいこと言うなら、もうあげないぞ!」
「冗談、冗談だって、椎名」
まあいっか。
千本木くんはフニャフニャしてるし、菜々子ちゃんもうれしそう。上原くんはおいしいっておかわりしてくれた。
そしていじけてたお兄ちゃんも、昨日出来たてほやほやのを持っていったら、すっかりご機嫌になったしね。
「椎名、それ手作り? すごーい」
こっちにやって来た筒井さんが歓声を上げる。
「はい、どうぞ。今回は菜々子ちゃんとの合作なんだよ」
「いただきまーす。…わ、おいしい! すっごくおいしいよ」
「そう? よかった、好評で」
「でもさぁ、パン作りってけっこう難しいんじゃなかったっけ。コツってあるの?」
「それはねえ……」
筒井さんの耳にささやく。
「な・い・しょ」
「なにそれ、ずるーい」
「今度一緒に作ろうよ。そしたら、教えてあげる」
そう、大好きな人たちを笑顔にできる、とっておきのレシピをね。
あたしは彼女と指きりげんまんの約束をした。

ゆさです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますm(__)m
もえじろさんからのアドバイスでかなりカット・手直しをしたんですが、それでも1作目の倍の長さになってしまいました。パン作りシーンを書き込みすぎたかも(^^;
今回は千本木&あきらと同じくらい大好きなキャラ、椎名のお話です。
この作品の中の椎名を気に入っていただけると嬉しいです。


ちなみにパン作りは、自分の昔の記憶と『奥薗壽子のはじめてのパンづくり
(農文協)を参照しました。
たいへんだけど、慣れるとけっこう楽しいですよ(^^)

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いただいた感想一覧

ゆさ  投稿日時 2010-1-16 23:50
もえじろさん、コメントありがとうございます。
私料理作れますケド…実はあまり得意ではありません(^^; 
でもこの作品の中の椎名の気持ちっていうのは、まんざら的外れではないと思います。誰かの喜ぶ笑顔や「おいしい」の一言って、作った人にとって大きな意味を持つんじゃないかな〜って(^^)これはそんな作品です。

ご祝儀ありがたくちょうだいしまーす(^^)/
もえじろ  投稿日時 2010-1-15 23:17
掲載お疲れさまでした。
椎名の料理好きが伝わってくるお話ですねー。これってゆささんの身代わり小説なのかなとか思ったり。。(^^;
私もパン食べたいです。って私は菜々子と同じ食べる専門でーす(^^)/

ご祝儀に、後書きの本の紹介にリンク設定しておきました(^^)