ゆささんからの寄稿作品

ひとりじめしたい

投稿:ゆさ:2010年6月27日 更新:2010年7月1日
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ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターから押し出された僕は、ようやくほっとした。もっと新鮮な空気が欲しくて、そのまま真っ直ぐ映画館の外へ飛び出す。
冷え込んでいたここ数日とは違い、今日は春らしいぽかぽか陽気だ。おかげで外の風にあたっても、かっかしている体はすぐには元に戻ってくれない。
僕がのぼせる原因となった隣の男はというと、映画のパンフレットを片手にご機嫌な様子。ムカついた僕はパンフを奪い取り、うちわ代わりにパタパタとあおいだ。
「千本木、上映中に手を握るのはやめてよね!」
「そんなにドキドキした?」
「ばか!」
「ごめん、暗い場所が苦手で、つい」
「うそつき」
「うん、今のは冗談。近くにあきらの手があったから、がまんできなかったってのが本当」
千本木は言い訳がうまい。いつもいつも千本木の思うがままで、僕は翻弄されっぱなしだ。
「僕のせいだって…」
「千本木くん? 千本木くんだよね」
ちょっと舌っ足らずな甘い声が、僕らの会話をさえぎった。
声の主は左の目じりに泣きぼくろがある、可愛い女の子だ。厚めの色っぽい唇には、つやつやしたピンクのリップ。ゆるくカールした髪にシフォンの花柄ワンピがとてもよく似合ってる。
「ほんと久しぶり。中学のとき以来かな」
「…三宅さん?」
千本木はちょっとびっくりしたようだ。後の言葉が続かない。
僕にはぴんときた。絶対、間違いない。
千本木が以前つきあってた子だ。
僕は《同じ中学出身の三宅さん》の記憶を必死にさぐる。
こんな感じのひとだったかな。女の子は髪型やメイクでがらっと変わってしまうから、よくわからない。親しくないうえに何年も会ってないとなると、もうお手上げだ。
千本木ってこういう子がタイプだったんだ。
これだけ長く親友をやっておきながら、千本木には僕の知らない過去がある。
三宅さん以外にも、これまでどんな女の子達とつきあってきたんだろう。
男だった頃の僕は、全く気が付かなかった。千本木が誰かとつきあってるなんてあんまり気にもとめなかった。
でも今は、なんだか胸のあたりがもやもやする。
(まるでヤキモチ焼きの女の子みたい)
いろいろとまだ覚悟の出来ていない僕は、その考えにぞっとした。

「ごめん、デート中…だよね?」
三宅さんがちらりと僕を見る。どうやら挨拶だけで終わらせるつもりはないらしい。
「まあね。…彼女は桃井。桃井、同じ中学だった三宅さん」
なんともそっけない紹介をされた僕と三宅さんは、お互い軽く会釈をした。
……気まずい。
微妙な空気が流れる中、千本木が口を開いた。
「髪、また伸ばしてるの?」
「うん、まだ途中だけどね。ショートからここまで伸ばすのって、けっこう時間がかかるのよ」
三宅さんは髪の毛を、指先でちょんとつついた。その仕草は外見よりもずっと幼く見えた。
「ずいぶん感じが変わったから、最初、誰だかわからなかったよ」
「私、そんなに変わった?」
「あれから何年もたつんだ。そりゃあ変わるさ、三宅さんも俺も」
千本木は感慨深げに答えた。その手が、後ろに下がっていた僕の腕をさりげなく引き寄せる。
三宅さんの視線が、痛い。
「元気そうで何より。じゃ、待ち合わせがあるから」
彼女は唐突に話を打ち切り、歩き出した。すれ違いざまに見た顔は、心なしかこわばっていた。
「待って!」
千本木が叫ぶ。
「三宅さん、あの時はごめん」
彼女は目を見開き、それから寂しそうに微笑んだ。ひらひらと手を振り、軽やかに走っていく。
残された僕たちは無言だった。
僕は千本木の手を、腕からそっとはずした。
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「あきら、怒ってる?」
「別に」
こっちは早足で歩いてるのに、腹が立つことに千本木は余裕でついてくる。
「だってさっきからずっと黙ってる。三宅さんと会ってから」
「可愛い子だね」
「うん。でもあきらのほうがもっと可愛い」
「僕、男なんですけど」
「わかってるよ。それでも俺にはいちばん可愛く見えるんだから、しょうがない」
急に肩をつかまれて、つまづきそうになる。諦めて立ち止まり、後ろを振り返った。僕の目に映る千本木の表情は真剣そのものだ。
「前にも言ったろ、必死だって。こんなのはじめてだよ。あきらにだけ」
頬が熱い。さっきまで真っ暗な気分だったのに、千本木のたった一言か二言で舞い上がってしまう。こんなに簡単に言いくるめられちゃうなんて、ばかみたい。
「昔の彼女達に不誠実だぞ、千本木」
「ああ、だから三宅さんにも振られたんだ」
「自業自得だよ。『あの時はごめん』って、いったい何をしたの?」
「……彼女には悪いことしたって、反省してる。自分に気持ちの向いてない相手とつきあう辛さ、痛いほど分かったから」
その言葉がナイフのように僕の胸に突き刺さった。そう、千本木を責めた僕自身も残酷なことをさんざんしてきたんだった。
「僕…」
「ストップ、謝るなよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。あきらは今では、俺の気持ちを真剣に考えてくれてる」
千本木の僕よりも大きな手がそっと、頭を撫でてくる。
「ヤキモチを焼いてくれて本当に嬉しいんだ。それだけ思われてるって証拠だし」
「千本木…」
「俺のこと以外の何も考えられなくなるくらい、あきらの心を独占できたらいいのに」
くやしいけど、僕の負けだ。千本木の願いはたぶんもう叶ってるよ。
今日の僕は千本木のことで頭がいっぱいだった。明日もきっとそう。追い出そうとしたって、出て行ってくれやしない。
こんな調子でずっと、君は僕の心の真ん中に居座り続けるつもりなんだろうな。
でも、教えてあげないよ。今はまだ。もうすこしヤキモキさせたいんだ。
待っていて。気持ちに折り合いをつけるまで。きっともうすぐ追いつくから。
それまで、ずっとずっと僕を好きでいてほしい。
「愛してるよ、あきら」
「ば、ばかっ、こんなところでやめてよ、もう!」
「あきらも俺のこと、どんどん好きになってきてるだろ?」
千本木がニヤニヤしながら顔をのぞきこんできた。ムカつく。
「さあ、どうかな。千本木の努力次第かも」
「じゃあ、もっと本気モード出してもいいの?」
「ええっ?! それはちょっと……困る。ほどほどで、お願いします」
これ以上積極的な千本木なんて、僕の許容範囲を超えてるよ。
「しょうがないなぁ」
千本木はくすっと笑った。今度は意地悪っぽくない、こっちが照れるくらいの甘い笑顔。
「立ち話もなんだし、そこの素敵なカフェでお茶でもどう? あきらが気に入りそうな季節限定のスイーツが評判だってさ」
「うん、いいね」
今日はいい天気だから、オープンテラスの席に座ろう。そしておいしいケーキでも食べながら、さっき観た映画の話をするんだ。
上映中に千本木が手を握ってくるから、僕は少しうわのそらだったけど、千本木はどうだったのかな。
カフェの扉を開けると、コーヒーのいい香り。
ようやく動き出したデートの続きに、僕の頬は自然と緩んだ。



ゆさです。
今回はコミックス第4巻に収録の番外編に登場した、千本木の元カノ・三宅さんが脇役として出ています。
お邪魔虫みたいな役回りになってしまいましたが、本来は悪い子ではありません。
本当に悪いやつはもちろん、千本木です(^^)
ちょっと謝っただけで、あきらにも三宅さんにも許されてしまう極悪人です(^^;
そんなずるい男・千本木と、彼に流されまいと頑張ってるツンデレ・あきらの話を楽しんでいただけたら幸いです。

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いただいた感想一覧

ゆさ  投稿日時 2010-7-10 0:19
みけきんぎょさん、私も結構うかつなヒトなんで全然ダイジョーブですよ〜(^^)/


>これからも楽しみにしてます。
ありがとうございます(^^)
これからもよろしくです☆
ではまた(^^)/~
みけきんぎょ  投稿日時 2010-7-9 20:14
ゆささん ごめんなさい m(_ _;)m
お名前間違えるなんて、うかつでがさつな性格で、
ホントに申し訳ないです。
せっかく素敵なストーリーを読ませてもらっているのに…
(´・ω・`)
何回読んでも、ほんわり嬉しい気分になる
ゆささんのストーリー。
これからも楽しみにしてます。
ゆさ  投稿日時 2010-7-2 23:24
みけきんぎょさん、はじめまして☆
コメントありがとうございます!
それとすみません、「ゆき」ではなくて、「ゆさ」です。見づらい名前でホントごめんなさい(^^;

こうやって感想を聞かせていだだくと、とっても参考になりますし、励みにもなります。
以前もえじろさんもおっしゃってましたけど、自分の作品がどういう印象なのかって、なかなか分からないので…
でも何より、嬉しいですっ(^^)
パワーいただきました♪
ありがとう!!!
みけきんぎょ  投稿日時 2010-7-2 20:54
ゆきさんの小説、読ませていただきました♪
はじめまして、みけきんぎょです。
とてもかわいくて、顔がにやけてにやけて仕方ないくらいです。
千本木は上手いですよね。ずる賢いというか…、でもあきらにすごく気を使ってて、あきらが幸せな気分になる様子が、伝わってくる感じがして、読んでいて嬉しくなりました。
はら黒い千本木とあきらピュアな白さの対比が、ほんとにすごいなーと思いました。
とはいえ、千本木には、あきらLOVEなこの調子でどんどん頑張ってほしいと思います。

ゆきさんの小説はどれも素敵なので、また一つ増えて嬉しいです。
もえじろさんのサイトのストーリはホントどれも素敵なので楽しみにしてます。
ゆさ  投稿日時 2010-7-2 0:23
もえじろさん、コメントありがとうございます(^^)/

あきらのツッコミをうまくかわして、自分の都合のいいように持っていく千本木の腹黒さを表現したかったんですが、気に入っていただけたようで安心しました(^^)
いいんです、黒くても! あきらへの愛があるから(^^;;

ちなみに三宅さんはこのあとデートでした☆
彼女も今の幸せを再確認してめでたしめでたし…だったりして(^^)

今回で5作目、久しぶりの新作でしたが、こうして無事に完成できたのはもえじろさんのおかげです。
書くことの楽しさを教えてもらって感謝してます(^^)
ご迷惑でなければ、これからもコメント・小説の両方でサイトを盛り上げるお手伝いをさせていただきますので、よろしくです〜(^^)/
もえじろ  投稿日時 2010-7-1 23:16
ゆささん、お疲れさまでした。

いやー、まさか三宅さんを登場させるとは思いませんでした。確かに三宅さんってちょっと可哀想なキャラクターだったから、このゆささんのお話でちょっぴり安心できたかなと。三宅さんにだって彼氏ができていて、この後の予定はデートなんじゃないかなぁと勝手に妄想しちゃいました(^^;

でも、よくよく読んでみると、千本木はこの状態でもあきらをうまくコントロールしてますよねー。あきらはある意味、千本木はいつも横にいるというのが当たり前だったので、危機感がないんですよね。だからこういう場面であきらは動揺する。それを巧みに千本木は読み取ってあきらに自分を意識させようとするんですね。まぁ千本木自身あきらにベタ惚れというのもありますが(^^;;

というのをストーリー化し、二人の心の動きを繊細に表現するゆささんの文章力は本当に素晴らしいです。
次回作も楽しみにしてまーす(^^)/