ぬいさんの作品

梅雨

投稿:ぬい:2010年9月1日

「やーん、髪の毛うねうね〜…」
「この時期嫌だよねー。髪セットしても意味なぁい」
クラスのあちらこちらで度々聞こえる会話。梅雨の時期には、毎日のように女の子達が眉を下げる。
彼女達の細い指は自身の髪を撫でるが、湿気によりごわついたそれは、彼女達が望む艶やかさ、そして滑らかさはなかった。
「もー、梅雨なんて嫌い!蒸し暑いし空気も何か臭うし、いいコトないじゃない!ねぇ桃井さん?」
「え!?あ、ああ…そうだね」
一日の全行程を終えて帰宅の準備をしている最中に突然話し掛けられたあきらは、少し驚きながらも彼女達の話に合わせた。実際はそれ程気になっていないのだが、蒸し暑さに苛立つ気持ちは理解出来る。
「どうしても気が滅入っちゃうよね」
「そうそう。それにオシャレも楽しめない…って、あれ?」
話し中に何かに気付いたような素振りに、あきらは疑問符を浮かべる。
「どうしたの?」
「………」
無言のままの友人に、更に首を傾げた。
…その瞬間。
「ひゃああっっ!?」
後ろから髪ごと首筋をそうっと撫でる誰かの指に、思わず情けない悲鳴をあげる。その衝動に、黒く長い髪が揺れた。
「桃井は真っ直ぐなままなんだよな、髪」
耳元で低く響く声。その主は、顔を見ずとも分かる。
「せ、せせっ、千本木!!」
赤く燃えるような頬もそのままに振り向くと、やはり思った通りの人物がニッコリと笑って立っていた。
眼鏡を光らせる彼の発言に、近くにいた女子生徒がわあっと寄ってくる。
「だよね?あたしも今そう思ったんだ!」
「うわぁ、言われてみればそうだね!」
「いいなぁ、桃井さん〜」
「ねぇねぇ、何か使ってるの?」
質問の嵐に、あきらは目をクルクルさせてしまう。
理由なんてない。だってきっとこれは『桃井菜々子』の体質だから。
「あ、あの…えぇと」
しどろもどろしていると、後ろにいたままの千本木の腕があきらの体を抱き締めた。突然のことに、周囲は甲高い声に包まれる。
「せっ、千…!?」
「桃井。一緒に帰る約束してただろ?いい加減帰るぞ」
穏やかに、でもはっきりと。それはあきらに言っているというよりは、周囲への牽制のようだったのだが、あきら自身はそれに気付いていないようだ。




「あ、う…うん。ごめん…」
少しだけしゅんとして謝ると、残っていた荷物を纏める。そして、身を囲むように集まっていたクラスメイト達に「話途中でごめんね」と一言謝罪した。
「ううん。あたしこそ引き留めたみたいでゴメンね?じゃあまた明日、桃井さん」
「うん。バイバイ」
そしてあきらは、さっさと教室を出て行く千本木を早足で追いかけた。





「千本木」
「ん?」
外に出てからは、女の子の体になってしまったあきらの歩幅に合わせるように、ゆっくりと歩く。彼の優しさは、割りとこんな些細なところで現れる。意識的になのか無意識なのか、それは分からないけれど。
「千本木って、僕のことよく見てるよね」
「何、急に」
「さっきの話。髪の毛のことなんて、僕全然気にならなかったのに」
比べられる程違うかなぁ…と、自らの髪をくるくるといじる。あきらは、するりと指と指の間を滑り落ちる艶やかなそれを、不思議そうに眺めた。
そんな姿を見ながら、千本木は笑う。
「当たり前だろう?俺はお前の“恋人”なんだから」
「………!」
改めて互いの関係を思い知らされる言葉。あきらは瞳を大きくして顔中を赤くした。
「ま…、っまたそんなこと…」
「それに」
動揺するあきらをそのままに、千本木は手を伸ばし、赤く染まる頬から白く透き通る首筋に指を這わせる。あきらの肩がピクリと跳ねた。
「サラサラの髪だけじゃなく、汗に濡れて、ここに貼り付いた髪も知ってる」
意味深に発せられたその台詞。あきらは更に顔を染め、口をパクパクとさせた。
明らかに声も出せない程動揺するあきらに、千本木は相変わらずな笑顔を向ける。仕方がないくらい、意地悪な王子様。
(僕、何でこんなヤツを好きになっちゃったんだろう…)
恥ずかしさを通り越して泣きそうになったあきらは、そんな情けない自分を見られないようにと顔を背ける。わざとらしすぎたかな、とも思ったが、もう顔を合わせるなんて出来ない。
千本木は突然そっぽを向いてしまったあきらに一瞬きょとんとしたが、黒髪の隙間から覗く真っ赤な耳から彼の思いを感じ取る。そして気付かれないようにクスクスと笑うと、愛しそうに目の前にある頭をポンポンと撫でるのだった。




【あとがき】
梅雨と言えばやっぱりあのジトジト感ですよね〜。ぬいは女の子と言う年を過ぎているのですが、登場した女の子達と同様に、この時期は嫌でございます。髪がうねる><
しかしリクエストを受けてから長らくお待たせしてしまいスミマセン!もえじろさん、ありがとうございました☆
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