アフターストーリー 幸せへのプロローグ
第2話 最後の入れ替わり
土曜日午後、あきらは桃井家に向かい、ダイニングでその時が来るのを待っていた。
一人で時間を持て余していると、白衣を羽織った千本木が部屋に入ってくる。
「あれ?椎名さんは?」
「桃井さんの部屋で桃井さんと2人でいるよ。」
「お前いづらくなって、出てきちゃったんだろ。」
「はは、まぁそんなところ。」
「じゃぁ、いいか。」
千本木は白衣を脱ぎ、あきらの向かいの席に座った。
疲れた様子はなく、自信に満ちた表情であきらの顔をじっと見つめる。
「ど、どうしたの?なにかあったの?」
「…あきら、どうしても言わせてくれ!」
その真剣な眼差しにあきらは思わず息を飲む。
「やっと入れ替えクンが完成した。
あきら、俺のために桃井の身体に戻ってくれ!!」
元に戻ったあきらを気遣い、自身の気持ちを押し殺していた千本木。
しかしそれをあきらにとがめられ、ずっといだいていた本心をついに言い放った。
その強い意思にあきらは驚きの顔を見せる。
が、言葉の意味を理解したのか、ゆっくりと顔を伏せ答えた。
「うん。…千本木と僕のために。」
「それじゃ、準備はいいかの。」
萬造が声を掛けると、あきらと菜々子は入れ替えクンSuperMarkIIIの座席に座りヘッドセットを頭上にセットした。
「では行くぞ!ドルルルルルルルル…入れ替えスイッチオ」
「待った!! …おじいさん、この大きなネジなんですかっ!」
千本木が声を荒げて問いただす。
「おぉ、これは…、なんだったかの?」
「ったく…。」
千本木は萬造を追いやると、パソコン画面を見ながら目にも止まらないスピードでキーボードを叩く。
「…記憶固定回路からの応答がない。」
入れ替えクンの裏に回って配線をチェックすると
「これか!基板が緩んでるじゃないか。」
その一部始終を見ていた椎名が声を漏らす。
「千本木君ってやっぱり凄い…。」
「おい、千本木!本当に大丈夫なんだろうな?」
菜々子が大声で叫ぶ。
「ああ、お前のおじいさんの設計が間違ってなけりゃな。」
菜々子はがっくりと首を垂れ、隣のあきらの顔は青ざめている。
そのやりとりを見ていた椎名は、けげんそうな顔で千本木を見上げた。
「…これでよし!他にエラーは出てないな。椎名さん!」
「は、はい!」
「こっちに来て、このスイッチに手を置いて。」
「え?」
「一緒にスイッチを推そう。僕ら4人の未来を信じて!」
「…うん。」
「それじゃぁ、行くぞ!3.2.1.0!」
ポチッ
パソコン画面には[OK]の表示の後、大量の文字が流れていく。
本体は複数のLEDが激しく明滅し、徐々にフォーンと鈍い音を響かせる。
やがて2人はヘッドセットからの青白い光で包まれた。
千本木と椎名はその様子を見届けることしかできない。
直視できないほどのまばゆい光が少しずつ黄色みを帯びてきたかと思った瞬間
ドーーーン!!!
「あきら!!!」
「上原君!!!」
千本木はパソコン画面の[System All Green]の文字を確認すると、すぐに菜々子の元に駆けよった。
「…あきら、大丈夫か?」
「イタタ…。うん、大丈夫みたい。」
「よかった!!」
千本木は菜々子の身体に入れ替わったあきらを強く抱きしめる。
「千本木、イタ…イよ……。」
その声に千本木は力を緩めると、あきらはゆっくりと千本木の胸に顔をうずめた。
一方、椎名はあきらと入れ替わった菜々子の元に。
「上原君!」
「イッテー…。ジジィ、もうちょっと痛くないようにできねーのかよ。」
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。」
「まだ無理しない方がいいよ…。」
心配して声をかけるが、椎名の動きがぎこちない。
「…椎名、どうした?」
「……うん。」
「椎名、まだそのエンリョするクセ治らないのか?」
以前にも言われたことのある言葉…
椎名ははっとした表情を浮かべ、おそるおそる話し始める。
「…ねぇ、本当のコト教えて!上原君、本当は菜々子ちゃんなんでしょ?」
「椎名…。」
「今も、まだあたしたち付き合う前ワッフル作ってきて渡せずにいると、上原君エンリョしすぎだって言ったけど、なんで知ってるのって思った。」
菜々子が差し出した手をよけ、椎名は興奮ぎみに話を続ける。
「それにさっきも、千本木君、おじいさんを菜々子ちゃんじゃなくて上原君のおじいさんって言ったし、入れ替わった時も千本木君、菜々子ちゃんにあきら!って声を掛けた…。」
「………。」
「あたし驚かないから本当のこと言って!」
「椎名、…ごめん。だますつもりじゃなかったんだ…。」
うすうす気づいていたとは言え、やはり椎名のショックは隠せない。
だからと言ってここですべてを断ち切ることはできない。
千本木が言った通り、自身の未来を信じて椎名は菜々子に声をあげた。
「でももう、菜々子ちゃんじゃなくて、今もこれからもずっと上原君だよね!」
「…ああ、俺は上原あきら、今もこれからもずっと椎名を愛し続ける。」
菜々子は椎名を引き寄せ、その勢いのまま力強く抱きしめる。
すると椎名の身体からは徐々に力が抜け、菜々子の胸に顔をうずめると
「…うん、上原君。あたしも……。」
菜々子に抱かれ、椎名も菜々子に未来を誓った。
「…椎名、実は頼みがある。」
椎名は菜々子の顔を見上げると、
「上原…桃井か、アイツもうひとつ大切な事をしなけりゃならないんだが、椎名が支えてあげてほしい。
千本木もいるけど、やっぱり女の子同士、親友の椎名の方がいいと思うんだ。」
「…ねぇ千本木、僕も話があるんだ。」
千本木の胸の中で、あきらは顔を伏せたまま話し始める。
僕ね まだ元に戻る前 桃井さんを呼び出して告白したんだ
『桃井さんのこと好きでした』って
でも桃井さんに『でももっと好きなヤツができたんだろ』って言い返された
でね 僕も『うん』って答えたんだ
なのに元に戻ったら一人ぼっちになっちゃって
僕は千本木に言ってほしかった
『桃井さんの身体に戻れ』って
そして今 僕は千本木に言われたとおりにしたよ
これでまた千本木は僕のそばにいてくれるよね
僕たち小学校の時からずっと一緒だったよね
でも初めてなんだ
千本木がそばにいてくれるだけでこんなに気持ちいいなんて
この気持ちを『好き』と言うのなら僕は千本木が好き
それもとっても好きなんだと思う
だから千本木
いつまでも僕の隣にいてください
いつまでも僕だけを見てください
「あきら……。」
あきらからの思いがけない告白。
千本木はしばらく言葉を失ったが、今まで見せたことのないあきらの表情に、口元を緩め静かに答えた。
「…やっと言ったな。
あきらからそう言ってもらえるのをずっと待ってたから、すごくうれしい。」
その言葉にあきらは身を震わせ、今にもこぼれ落ちそうな涙をこらえる。
「あきら、左手出して。」
「えっ?」
千本木はあきらの手を取り、ポケットから取り出したリングを薬指に。
「せ、千本木!コココ コレ?」
「悪いと思ったけど、お前のバッグの中から拝借した。
どうしても直接俺がはめたかったから。
あきら、俺こそお前にいてほしい。
だからこのリング受取ってくれ。」
あきらの告白に対する千本木からの返事。
まるでプロポーズのような…。
あきらはこらえていた涙をもう抑える事ができず、それはポロポロと幾重も頬をつたい落ちていく。
そんなあきらの頬に手をあて、千本木は流れる涙をそっとぬぐう。
あきらは深い笑みを返す千本木に小さくうなずくと、堰を切ったかのように声をあげ、千本木の胸に飛び込んだ……。
現在の拍手数:486
![]() 第1話 途方もない夢 |
![]() アフターストーリー 幸せへのプロローグ |
![]() 最終話 自らが臨んだ未来に |